火曜日, 6月 29, 2010

自由 は 責任 in Okutama

ボーナスが驚愕の金額になってた・・・。
10ウン年若返った気分だわ。

-----

農家の皆様にはめぐみの雨ですが、
アウトドアにすっかり魅了されてしまった人には、
梅雨のこの季節は憂鬱なのです。

でも、そんなことを言って家に閉じこもってる
性格でもないので(笑)、奥多摩に行ってまいりました。

今回は20数名の大所帯で、日本人と外国人が半々という構成。
国際交流的なノリのアウトドアチームで
登山もできて、英語も使えるならコレ幸い というわけでの参加でした。


結論からいうと・・・・ユルい。なんともユルい(笑)!

いや・・・「ユルい」というかですねー。
強烈な個人主義 とでもいうのかな。

リーダー(英)の事前の計画の立て方が強烈にユルかったので、
もうその時点でかなり危ないと思ってたんだけど(笑)、
実際行動をともにしてみて、「“自己責任”とはこういう事だ!」と、
改めて突きつけられたというか。

まず、集合がユルイ。

新宿での待ち合わせ。
車で現地に行く人とか、四谷から奥多摩まで自転車で(!)
行く人とか、色々な人がいたのにも関わらず、
リーダーが新宿集合の人を把握していたわけでもないので、
点呼するでもなく、目的の電車が来たら乗っちゃう。
いいんだ、それで(笑)。

途中、青梅下車して買い物。

夜のBBQの食材調達だったんだけど、
みんなでまとめて食事を作るというより、
適当にグループになって、何人かで何作るか決めてくれと
いPotluck式で、そこら辺の人と適当にグループを作って、
メニューもその場で決めて、個々で買い物。後で清算。
いいんだ、それで(笑)。

で、ロッジ着。

ロッジはすごいイイところで(またゼヒ使いたい!)、
1部屋4~5人を5グループに分けて泊まったんだけど、
事前の部屋割りに納得の行かない人もいて、
仏人チームにひとりだけ入ったアメリカンが部屋替えろと
言い出したり、安いならベッドじゃなくて寝袋でいいといったり、
もう収集つかないことに。
でもそんな感じでも、その横で我関せずで
BBQの火を起こし始める人がいたりして・・・なんつーか自由すぎ。
いいんだ、それで(笑)。

夜はBBQ。いろんな人と気兼ねなく
話ができるのがとても良かったし、
参加者の国籍がばらばらなので、BBQとはいっても、
インドカレーから、タイサラダ、中華炒め、お好み焼きまで、
本物の(まさに本場の)のワールドワイドな食事がいっぺんに
楽しめるのはある意味とても贅沢だった。

でも、とにかく無計画に買い物をしているので、
食材の余り方が半端ない(苦笑)。
元々バラバラで買い物しているうえに、
荷物担当で車で来てくれた横須賀のアーミー(米)がいて、
その人が、基地で調達した肉を大量に持ってきたので、
もう残り物が原始人の肉塊のように・・・。
いいんだ、それで(笑)。
(あ、でもモッタイないので、それは翌日のランチになったけど)。


初日は何もしていないので、夜、体力のあまった人たちで
ナイトウォークに。

元々リーダーが「探検志向」な人で、
道なき道を行きたがる人だと他の人から聞いてたんだけど、
そのナイトウォークも、ナゾな藪道をひたすら前進するルートで、
本人は分かってたのかもしれないけど、付いていくほうは半端なくコワイ。

・・・ていうか、途中まで行った道を、「この先は川だった」
という理由で一度引き返したので、絶対分かってなかったと思う(笑)。
実は結果として、これはチョー楽しかったんだけど・・・
いいんだ、それで(笑)。

翌日も、まあ起床時間も特に決まってないので
なんとなく集合で、小雨のなか、奥多摩湖周辺を歩くルートに
でかけるのも、チェックアウト10分前に決まり・・。


・・・・とまあ、書いてるとキリがないほど、
とにかくやることなすこと自由奔放なんですよ。これが。

なんか、NZに住んでた時、アヴォンデールという湖畔に
住んでた友達のフラットが、外人(つまり私も外人)の
たまり場になっていて、そこの雰囲気を強烈に思い出した(笑)。

イイとか悪いとかではなく、とにかく日本人とは
違いすぎるので、「前に、別の場所でロッジの使い方
などで管理人の人と揉めて出禁になったんだよね」・・・・という
エピソードも納得ですわ(苦笑)。


でも、実は私は結構学んだこともあって。

まず、無計画でもポイントポイントを抑えてさえおけば、
むしろハンドルの“遊び”のような余白があったほうが、
コトがスムーズに進むこともあるんだな とか。

今回は、山らしい山には登ってないけど、
登山はやっぱり強烈な自己責任の元に楽しむスポーツなので、
余力のあるうちに、自分判断で途中ギブアップしたりするのは
絶対必要なことだな、とか。

 # 余談だけど、スポーツクラブのスタジオに、
 # 「体調が悪いと思ったら、勇気をもって運動を辞めましょう」
 # なんて貼り紙がしてある国、日本だけだと思う。


あと、今回は当然共通語が英語なので、
意思疎通はすべて英語なわけだけども、
英米以外の、英語が公用語じゃない人(もちろん私以外の日本人も含む)は、
みんなフランクな会話も含めてまったく困ってない人が多かった。

難しい単語は一切使ってなくても、ちゃんと英語を
「ツール」として使ってるんだよね。

こういう事があると、
自分の英語のハンパさ加減に絶望するし、
相手の言ってるコトが半分も分からなかった時は
恥ずかしいをとおり越してもう開き直るしかないんだよ(苦笑)。

でも今回、「だからイヤだった」んじゃなくて、
こういう風に自分を定期的に鼓舞することで、
もっと英語を身に付けたい!という欲求が出てくるって分かった。

やっぱり生活において
適度なストレスというか、刺激は必要です。


・・・・私はどんなスタイルの登山もアリだと思ってはいるけど、
正直、難易度の高い山を、性質的にまったく違う
このチームで登るのはちょっとコワイ(苦笑)。

でも、「使い分け」というと言葉は悪いけど、
簡単なハイキングなんかには、また参加したいと思う。

なにしろこの自由さは、
捨てがたいものがあるね(笑)。

*2日目は、小雨降る中ではピッタリの
 湖畔ウォーク12km。なかなかいい。

金曜日, 6月 25, 2010

地球の声を 聞いてみる

会社の冷房が例年になく寒い。
私に冬山の訓練をさせているのか?

-----

友達のお誘いで、パタゴニアが主催する
登山家・戸高雅史さんのスライドイベントに行ってきました。

戸高さんが20~30代の頃に登った、K2やチョモランマ(エベレスト)
のスライドを中心に、普段撮りためた雄大な自然写真を
語りと音楽で紹介する1時間半。

以前、戸高さんがガイドするツアーに
参加したことのある友人から、「雅さん、変わった人だよ」
と、事前に聞いてはいましたが・・・・

確かに。変わった人 でした。

突然歌いだしたときは、
どーしたのかと思ったし(笑)。


でもね、全然イヤじゃないの。

だって本当に自然なんだもん。

自然の中で、突然何かビビっ!と身体全体で
インスピレーションを受けるときがあるそうで、
そういう刺激の結果、勝手に沸き出てくるものを
リズムや歌にしてどんどんアウトプットしてゆくんだって。

アーティストだよね。
・・そうか! 山屋はアーティストだったんだ! 発見!

そんな戸高さん、K2やチョモランマでは
無酸素・単独にこだわった方で、
当時は、「孤独」ではなく「単独」で8000m峰に登る事の意味を
ずっと突き詰めてたって言ってました。

私、その話にものスゴイ共感!

・・・そうなんだよね。

物理的に「独り」でいるのはむしろ良い時間だと思うけど、
「孤独」というのは、それとはまったく違う概念なんだよね。

戸高さんのように、
そういう極限状態に一度向き合った経験がある人は、
本当の「孤独」の意味を知っているから、人に優しくなれるし、
ああいう「宇宙的」(スケールが違う感じ)な人になったんだろうなー。


戸高さんは、チョモランマでは山頂を踏んでいないようなんだけど、
私は「ピークを踏まなかったから分かったこと」っていうのが、
たくさんあるんだと思う。

それは、逆に言えば登頂に成功した登山家には
決して得られない経験なわけで、ある意味登山の本当の意味は、
そういう人のほうが分かっているんじゃないか とも思ったりした。

成功よりも、挫折の中にあるもののほうが深い と 思う。


今はあらゆる情報があふれているけど、
やっぱり結局は、自分の身体をフルに使って
経験したことのみが大切なんだな。

あんな風に、周囲の空気に風のように
溶け込める人って本当に尊敬します。

戸高さんはすごーくユルい感じの方だけど、
人間のベースにある“芯の強さ”みたいなものを感じました。

大いに刺激を受けた。

私も、自分の「こうありたい」
という登山スタイルを見つけていきたいな。

*パタゴニアの商品は、お値段の都合上、
 なかなか手が届きませんが・・(笑)。

水曜日, 6月 23, 2010

カッコ悪くていいじゃん!

とうとう“ヤツ”に
出会ってしまいました。。。

真夜中の突然の出会いでした。

30分以上の格闘の末、
勢い余ってソファから落ちて
したかかに腰を打ちました。

大好きだけど、憂鬱な夏が始まるな・・・。

------

映画です。久々の邦画。

「ボーイズ・オン・ザ・ラン」
原作:花澤健吾
監督・脚本:三浦大輔


正直、漫画原作の映画は、これまで100発100中で
ガッカリしているのですが、今回は原作を知らない
のでそこはオッケーです。

今回は、監督の三浦大輔(ハマの番長ではない)興味で。

彼の本業は「ポツドール」という劇団を主宰する劇作家で、
実は昨年ある雑誌の対談で彼の記事を読んで以来、
「この人の芝居が見たい!」と、ずーっと思っていたんですが、
今日までチャンスがなく来てしまいました。

で。先日、彼が映画も撮っていることを初めて知り、
この映画を観に行ったわけです。


 # 弱小オモチャ会社の冴えないサラリーマン、田西敏行。
 # 年齢=彼女いない歴の29歳、人付き合い下手、実家暮らし、
 # 自分の誕生日をテレクラで迎えちゃうような
 # ダメ度100%の男にも、恋の予感が訪れた・・・。


やー。すごかった。

後で原作者の花澤健吾のことを調べて納得したんだけど、
彼の作品の根底には「女尊男卑」精神があって、この世の中、
生き抜いてゆきやすいのは女で、
非モテのダメ男は世間からゴミ同然の扱いじゃないか!という
叫びがあるわけです。

まー・・・・「女尊男卑」は大げさだと思うけど、
確かに人生においてダメになった時の
「悲壮感の強さ」は、男性のほうが数倍大きい。

男性は、本当に惨めになると「明日死んでもおかしくない」みたいな
生気のない姿になるけど、女性はあるところまで落ちると、
根性発揮して逆にドーンと立ち直っちゃったりしちゃう人、多いしね。

この映画にもそのパワーがいかんなく発揮されていて、
主人公・田西の救いがたい“ダメさ加減”とか、ヒロインちはるちゃんの
カマトトぶってるけど、ものスゴイしたたかっぷりがある意味リアル。
映画として脚色されたりオブラートに包んだ感じはまったくなくて、
ダメで、ズルくて、エロくて、コ汚い日常が、当たり前のように描かれています。

みうらじゅんの撮る映画に似てるかも
(ま、主演が銀杏BOYZの峯田君って時点で似てるね)。


しかし。男の人にとって、恋愛ウンヌンはともかく、
「モテるか否か」というのは死活問題だなー。

でも、私はそれでいいと思う。

男性は、そういうモチベーションが自分の人生を
変えるきっかけを作った人はたくさんいるし(生涯の趣味に出会ったとか)、
極論を言ってしまえば、人間(特に男性)の生きる
モチベーションなんて、それだけでしょう。

これも批判を承知で言ってしまえば、
男の人のほうが、「バカでエロで単純で気が小さくて
まっすぐで純粋で正直」・・・・に、決まってるんですよ。

だって、オスってそういう生き物じゃないと困るでしょう?
遺伝子的には。

そういう男性達と、「ズルくてアホで狡猾で残酷で
可愛くてセクシーで頭の切れる」女性達が一緒になるから、
恋愛は面白いし、素敵になるんだもん。


・・・あ、いかん。
ダメんズ思考の女性を無駄に刺激する
映画だったかもしれない(笑)。

だってカワイイよ。主役の田西君。アホだけど(笑)。


三浦大輔さんのお芝居、
今度こそ必ず観に行こうと思います。


* 二本立てで「(500)Days of summer」も観た。
 ビバヒルっぽい、青春恋愛ムービー。
 「私にも、まだまだこういう映画でキュンとなる
  部分があるんだわ!」という事は収穫でしたが(笑)、
  ま、テレビ(DVD)でも十分かと。



月曜日, 6月 21, 2010

もっと「好きだー!」 と言おう

gmailで、文中に「添付」という言葉を使って
メールを送信しようとすると、
「添付と書いてあるけど、添付がないのですが
 お忘れではないですか?」
っていうメッセージが出る事を発見。

gmail、よく気が付く嫁みたいだっ!

-----

「家飲み」づいた週末。
金土日と、毎日誰かのウチで飲んでました。

そんな中、土曜日は先輩の家でサッカー観戦パーティ。
最近ホームパーティというともっぱら
Potluck(持ち寄り)が多かったけど、
久々に、手ぶらの“お客様状態”でのお邪魔です。


ワールドカップは、前回も前々回も
1回は人んチなりスポーツバーなりで観戦をしたけど、
私は完璧な にわかサポーター なので、
サッカーのルールらしいルールをほとんど知りません。

・・・まあ結局、私にとってサッカーは、誰かの誕生日とかと同様、
「飲み会の言い訳」になっているだけなんですが(笑)。

でもそんな私でも、こういう大会があると
突如として愛国心が芽生えるから不思議。

まあ、欧米は普段から愛国心の強い人が多いので
あれには負けるけど。
特にアメリカに至っては、辟易するほどI love USA.
正直あれはどーかと思う(笑)。


・・・少し話は飛ぶけど、昨晩NHKで、
中国残留孤児の方達が日本に帰国してからの
暮らしを追ったドキュメントをやっていた。

姉妹は、6歳・9歳の時に満州の解体とともに
大陸で悲惨な暮らしをし、
その後2人とも中国人に育てられた。
中国で中国人として中国人の名前で60年を生き、
中国人と結婚し、もはや日本語は話せない。

そんな70代の姉妹が、そろいもそろって
日本への帰国を決めた。

70代の彼女達にとっては、既に慣れ親しんで、
子供達もいる中国での暮らしのほうがラクに決まってると思う。

しかも妹は、10年前、自分の日本での身元引受人を、
復員後に自分だけ日本に戻っていた実父に頼んだところ、
「今は自分にはその余力もない」と断られたという悲しい経緯がある。

それでも彼女達は、人生の幕引きを日本でしたいという。

彼女達は言う。

「私達は既に中国に60年住み、生活に困ることはないけれど、
 その生活は、常に頭を低く下げ続け“お邪魔します。お邪魔します”
 と唱え続けている人生でした」

彼女の夫たちは言う。

「日本に戻ってきた彼女を見ると、まるで水に放された一匹の魚のようです。
 彼女の中に、こんなに抑圧されていた部分があったなんて、
 私は彼女と50年近く一緒ですが、知りませんでした」

と。


・・・結局、愛国心ってそういう事なんだと思う。

どの国がいいとか悪いとか言うことではなくて、
育った場所の水・空気・匂い・音・光。そういったモノへの郷愁。

私も、日本の「結局は責任の所在を曖昧にして
しまうような、ゆがんだ合理主義」とか大嫌いだし、
死ぬまで日本に住み続けたいとも別に思わない。

でも、やっぱり私は「日本人だー」
と実感する瞬間は、特に海外にいるときなんかは
強く感じるし、日本の事をバカにされた時は悔しいし悲しい。


日本は、戦争の歴史から「愛国心」という
言葉に抵抗がある人が多いし、確かにこの言葉には
強烈なイデオロギーがあるので、だったら「愛国心」
って言葉は辞めたっていい。

なに? 「日本愛」?「自国愛」?

ま、なんだっていいけど。


サッカーの結果はご存知のとおり残念だったけど、
最近はみんなが少しづつ、素直に「日本が好きだー」と
言えるようになっている気がして、ちょっと嬉しい。


世界中の人が自分のお国自慢ができて、
それを世界中の人が笑顔で聞ける世の中に
なればいいよねー。

木曜日, 6月 17, 2010

メイワク デモ ニクメナイヒト

googleツールバーのバージョンを
上げてから、「急上昇」という
直近に検索回数が急上昇したワードを見れる
メニューを使うのが楽しみだ。

ちなみに最近1ヶ月の「急上昇」第4位は、

 「夫 死んでほしい」


・・・・私、ニッポンの行く末が激しく不安なんですが。

------

落語連チャンだけど。

「立川志の吉独演会~その21@八重洲」


21回かー。ヒト桁台から見ているけど、
最近は、空席がまったくといっていいほどなくなりました。


番組はこちら↓

・湯屋番(前座:立川こはる)
・看板のピン
 --仲入--
・寝床


前座のこはるちゃんは、談春師匠の弟子で
立川流(たぶん)唯一の女性。

私は過去に何度か彼女を見ていて、
前座さんらしいまっすぐさで、
つい応援したくなる彼女が気になっていました。

女性の噺家は何人かいるけど、
落語という芸能は、さまざまな側面で「女性が難しい」芸なんだよね。。
実際、過去の女性噺家は、聴いてて「ん~~~~」と思ってしまうヒトも多い。

同姓としては応援したいんだけど、
こればっかりは、男女差別とかではなくて、
どうすることもできない部分なので。。。


彼女は、そういう先輩女芸人の挫折を知っていて、
そのうえでこの世界に飛び込んでるわけだから、
覚悟はいかばかりか・・・。

「芸」がすべての世界だから、同情とか、アイドル的な「応援精神」が
いいことがどうかはわからないけど、私はこれからも是非応援していきたい。


さて、そして本題の志の吉君。

ここ数回は「文七元結」とか「芝浜」とか、
真打意識しまくりの演目を並べている彼ですが、
今回も、明らかにチャレンジネタ「寝床」をもってきました。

 最近、義太夫に凝っている大店の旦那。
 へたくそな義太夫を聞かせられないよう、
 なんだかんだと言い逃れをするご近所や長屋の面々ですが、
 いよいよ逃れられず、「義太夫の会」に参加せざるを得なくなる。

 気持ちよさげに自身の義太夫をご披露する旦那だが、
 ヒドイ芸をなんとかまぎらわそうと、ギャラリー達は早々に酒をあおり、
 そのうちみんな眠気に耐えられず・・・・


寄席では長いので滅多に聴けませんが、
独演会などではわりとやるヒトが多い演目です。

登場人物、場面展開が多いので、
かなり難しい噺のひとつだと思います。


この噺、たぶんドラえもんの「ジャイアンリサイタル」の
ネタ元になっているんじゃないかと思うんだけど、
要は、「下手の横好き」を笑うお話です。

いるよねー。こういう人。

決して芯から憎めないんだけど、
細かいところで人にメイワクをかける っていう・・・(笑)。

こういう人は、最近はわりと排他される傾向にあるけど、
私は、この程度の「他人に迷惑をかける人」が
笑って済ませられるくらいの、包容力のある文化であってほしいなって思う。


なんでも「ウザい」とか
ひとことで済ますのって良くないよ。

特に人間同士の関係って、そんな貧相な言葉で
済ませられるものじゃないし。
例え自分が「合わないなー」と思う人だったとしても、
単に「面倒」で済ませず、何故合わないのか?
他の側面から見たらどうか?とか、みんながもっと
掘り下げて考えるべきなんじゃないかと思う。


ま、そのうえで「合わない」のであれば、
それは無理に付き合う必要もナイんだけどね(笑)。


今回の志の吉君の「寝床」は、正直50点てトコかなー。
(などとエラソーに)。
でも、少なくとも「芝浜」よりは彼に向いている気がするので、
「寝床と言えば志の吉」と言われる大名跡になるようになってほしい。
私もそれまで応援したい!

・・・ま、大名跡っていうのは70過ぎてからだから、
ほぼ同世代の志の吉君がそう呼ばれる頃には、
私も生きているかどーかすらわからないわけですが。

月曜日, 6月 14, 2010

見えてるものは「正しいもの」?

グラタン作ったらどーも牛乳がビミョーだった・・。
賞味期限内だったけど、牛乳っていうのがコワイ。
そう思って使ったので、お腹痛い気がするから不思議。

-----

行ってきました。

 「三三・喬太郎二人会」@北沢

友人が出張で行けなくなったチケットを
譲ってもらいました。わーい。


開口一番:子ほめ(さん喬弟子)
漫才  :ロケット団
柳家三三:おばけ長屋
  --仲入--
林家しん平(挨拶)
柳家喬太郎:心眼


今回はやはり「心眼」が刺さりました。

「心眼」は、私の大好きな話のひとつです。
落語には「爆笑噺」「バレ噺(色っぽい噺)」「人情噺」など、
ある程度カテゴリーがあって、「心眼」は人情噺といわれる事が多いけど、
私はそのどれにも当てはまらない気がしていて、
あえて言うなら「哲学噺」とでもいいますか・・。含蓄の多い話だし。
内容は全然違うけど、「宗論」とか近いかな。


 *自分に尽くし、労ってくれる素晴らしい女房を持った盲目の按摩の男。
 *ある日男は「目が見えるようになりたい」と
 *薬師様に日参する。満願の日、ついに男は目が見えるようになる。
 *見るもの全てが珍しく、なじみの客にも「初めまして」と挨拶。

 *そして男は、自分の容姿がかなり良い事(今で言うイケメンですね)、
 *自分の嫁が稀代の醜女であること、
 *自分に惚れている芸者がいる事を知る。

 *目が開いた興奮さめらやらぬまま、芸者と飲みに出た男は、
 *芸者に「ずっと好きだった」と告白されて
 *「ウチの女房のような醜女となんぞみっともなくて暮らせねえ。
 *追い出しておまえをめとって所帯を持つ」と言い出す。

 *そこに現れた女房が、怒りのあまり男の首を絞め・・・


・・・サゲは、実は落語ではポピュラーな「夢オチ」です。
今の小説やドラマでそれをやったら素人同然のラストですが、
落語の世界では許されますよー(笑)。

女房に首を絞められた男は、胸苦しさに目を覚まし、
それが夢だった事に気が付きます。そして男はひとこと、

 “不思議なもんだな。めくらっていうのは、
  寝ている時ほど、物がよく見えらぁ・・・・   ”

というサゲです。

この噺、たぶん一番言いたいのは
「見えないモノを見よ」という事なんだと思います。

この、

「実体のないものにこそ物事の本質がある」

という考え方は、ある意味とても
現代的でアーティスティック。だと思う。

自分の心の目で見たものを信じて、
それを絵や音楽にするアーティストはたくさんいます。

たった50年100年前、例えば、絵画で言えば印象派の時代は、
見えていないものを描くことは「稚拙」とすら言われていた
時代があったわけです。
遠近感や質感のない絵は、ただの「下手な絵」で、
より写実的に、より明るいトーンで描くのがよいとされていた。

でも現代アートは、ピカソやダリを始め、
誰にも見えないものをキャンバスに残しているよね。
そして、ありえない人間の姿や、ありえない形の壺の絵が、
見る人の感情に訴えるわけです。

私は、ゴーギャンやルソー、ロートレックの絵が好きだけど、
あれだって、写実的というより「人間の持つあふれる生命力」を、
なんとか絵にしようとした作品だしね。
モデルはいると思うけど、「その通りに描こう」とは
ハナから思っていない。

・・・この「心眼」という噺にも、それらの絵のような、
哲学的というか、言葉では説明できない「パワー」
のようなものがあると思います。

人間の幸せが、お金・容姿・地位といった
「見えるもの」にだけあるのではないことを、
日本人はもう何百年も前から、ちゃーんと知っているのですね。


個人的には、久しぶりに喬太郎の古典がじっくり聴けてよかった。

また聴きたいな。

木曜日, 6月 10, 2010

「好きな事は仕事にしないほうがいい」、のか?

今年サマソニにスマパンが来るけど、
オリジナルメンバーはビリーコーガンだけなんだよね。。
最近、そういう再結成が多いな。

それってもはやスマパンと言えるのか・・・?(苦笑)。

------

最近取材の仕事で、若手ベンチャー社長(30歳前後)に
定期的に会うのだけど、会うたびに彼らが
私のような団塊ジュニアとは
完全にひと世代違っている事を実感する。


私は20代の頃、仕事柄わりとIT系の“当時”若手のベンチャー社長と
呼ばれた人たちと話す機会が多かったのだけど、
その当時はインターネットの黎明期で、とにかく「ネット」という
無限の可能性を秘めた新たなチャネルができた事に
興奮している人が多かった。

90年代、ネットが今後爆発的に普及してく事は容易に想像できたし、
それでいて歴史がないので、「完成されたライバル」がいない。
何より、モノを仕入れたり作ったりする類のものではないので、
元手やリスクが少ないという、若くして「起業したい!」という
野心のある人には最高の素材だった。

でも、ソフト(=インターネット)があっても、
ハード(=会社・組織の運営ロジック)に目新しいものがあった
わけではないので、あの当時は、ある種体育会系のガムシャラ感を
持った旧来型の社長も多かったし、ネット系の広告代理店とか
WEBサイト作成など、「ネットそのもの」を商材にしている人が多かった。

でも今の若手社長は、対外的にIT社長と呼ばれたとしても、
本人は「僕はIT系社長じゃないです。
Webはあくまで“いちメディア”であって、
そこで扱っている商材が何か が勝負どころ」という人が多い。


そして何より、最近の若手社長の話を聞いて
大きな違いだと私が感じたのは、

 『起業が先か、テーマが先か』

ということ。


昔(と言っても10年位前なんだけどさ・・)は、
まず「起業するぞ!」という情熱ありきという人が多かったように思う。

起業のために様々な金・情報・人脈を集め、
その中で資金的に実現可能で、かつビジネスとして成立しそうなテーマを
探していく・・・というパターンが多かった。

でも、今の若手社長・・・・つまり、ITバブル以降に
社長になった人は、まず
「こんなテーマでビジネスがしたい」
「これで世の中の役に立ちたい」
という事ありきという気がする。

昨今のソーシャルアントレプレナーは、
完全に20代社長中心だしね。

だから、そのビジネスに対する愛情は深いし、
何より自分が、楽しく・そのテーマに興味を持てるかという事に
高いプライオリティーを置く。当たり前のようだけど、
実はちょっと前の起業家はそうじゃない人も多かった。

極端な事を言えば、会社を大きくしていく事は、
二の次三の次で、会社を大きくして次世代に繋いでいこう
なんて事には興味のない、まったく新しいタイプの社長さんなのだ。


ひと昔前なら、

 「好きな事を仕事にすると後が辛いよ」

なんてアドバイスが聴こえてきそうだよね。

これって結婚なんかでもよく言われる、

 「2番目に好きな人と結婚するのが幸せだ」

というのとちょっと似てる。


私は、まさに団塊ジュニア世代なので、
この意見はすごくよく分かるし、納得感もあるんだ。

私たちの世代は、どんなに振り払っても、
「楽しくチャラチャラと仕事する事への罪悪」
「若い頃の苦労は買ってでもしろ、という言葉の重み」
という呪縛が、わずかながらあるような気がする。


でも・・・・若手社長と話していると思うの。

彼らは、「好きな事を仕事にすると後が辛いよ」なんて
言ったところで、「なんで? 仕事を楽しむためには
好きな事のほうがいいじゃないですか?」と返すだろう。

確かに。そりゃそーだ。

それに若手社長達は、取材でも、プライベートな事も含め
なんでもあけすけに話してくれる。
いい事ばかりでなく、「今回の商品に関して、妻に○○と説教された」
なんてことまで。
公私の垣根が非常に低いのだと思う。

ひと昔前なら、「家庭の事情を会社に持ち込むな」
などと説教され兼ねないスタイルだよね。


団塊ジュニア社長のやり方と、20代若手社長のやり方。
どちらがいいかどうかは分からないし、
きっとどちらも「アリ」なんだとは思う。

でも、「好きな事を仕事にすると後が辛い」なんていうのは、
もしかしたら、好きな事を仕事にできなかった人や、
「泥臭い努力や苦労」「懲役のような上の理不尽にひれ付すこと」
を無駄だったと思いたくない年長者たちの
単なる“言い訳”や“嫉妬心”なのかもしれないナ。


「仕事は好きな事、楽しい事のほうがいい」
「仕事と私生活の垣根は特にない」

という若手社長の声は、ある意味
とてもシンプルですがすがしい。何より正直。


若手社長から学ぶ事はとても多い。

こういう経験をすると、
「学ぶ」というのは、何も年上の人や
著名な先生からだけじゃないのだ という事を痛感する。

様々な経験を経て、既に自我が確立されつつある
「ミドサー(=ミドルサーティ。アラフォーとは言わんぞ(笑))」
の自分だからこそ、
頭を柔らかくして、社会立場や性別、国籍、年齢等に関係なく、
どんな人の言葉にも柔軟に耳を傾けられるヤワラカサを
持ち続けたいなー と 思う。


*やわらか戦車。
 ・・・そーいや、「やわらかあたま」は糸井重里の
 名コピーだったような。違ったかな? 古いな。

火曜日, 6月 08, 2010

天上の国

よく「歴史的な名言」みたいな表現ってあるけど、
あれって結局「何を言ったか」じゃなくて、
「誰が言ったか」なんだと、シミジミ思う。

-----

はるかなー尾瀬ー♪ です。1泊で。

尾瀬というと、「湿原」「木道」「ミズバショウ」。
スニーカーに小さなバックという軽装で、
老若男女が自然を楽しめる場所・・・というイメージでした。

しかーし!
なかなかどーして、これがまたバリエーション豊か。

まず鳩待峠をスタートすると、
湿原はアップダウンのない木道が続きます。






今はミズバショウが最盛期。
最高の天気の中、背中に至仏山、前には燧ケ岳を
従えた道を、ひたすら前に進みます。
標高1400mの山の上にこんな天国のような世界が
広がっているなんて。。とにかく、歩いても歩いても
まったく飽きることがありません。

ところどころにミズバショウの群生地があって、
短い命を競い合って咲かせていました。




命短し 恋せよ乙女。

初日は木道のみの4時間程の行程。

小屋は、山小屋とは思えないような
充実の設備で、ナント温泉も楽しめちゃいます。

食事もとても充実していて、夜の宴会では
ツマミがお腹に入らなかったかったほど(笑)。
てゆーか宴会できる小屋(個室だったので)自体、
異例っちゃー異例です。

満天の星空は、なんだか自分が一瞬どこにいるのか
分からない気分にさせてくれます・・・。


翌日は、名瀑として名高い(らしい)
三条の滝からスタート。
このルートは、尾瀬の湿原からやや外れるため
昨日から一転、きちんとした登山装備になります。

1時間ほど歩いてたどり着いた滝には、
尾瀬の雪解け水がとめどなく、力強く流れていて、
単純往復2時間の道のりを歩くだけの価値はある雄大さ!




滝の後は、目指せ尾瀬沼。
道中では6月だというのに、まさかの大量残雪!




アイゼンがなくてもなんとかなるとは言え、
多くの人が漫画のよーに豪快に転んでいる姿を
何度も目撃しました。

・・・10年位前、スキーに熱中していた時に
たぶん一番来たのが尾瀬岩鞍スキー場。
考えてみたら、あの頃から尾瀬が有数の豪雪地帯
だという事は知っていたんだよね。

でも、改めてこれだけの雪が今も残っているのを
目の当たりにすると、自然の力に圧倒されます。

尾瀬沼は、ココが山の上である事を忘れてしまうほど
豊富な水をたたえていて、飽きる事無く水面を眺めていました。


「自然を大切にしよう」とよく言うけれど、
都会に住んでいるとどうしても実感を持つ事はできないよね。

でも尾瀬の力強く、あらゆる美しさを内包した姿を見ると、
心から「これは守らなくちゃ!」という気持ちになります。


・・実は先週近しい身内に不幸があって
精神的には不安定な状態だったので、
今回の尾瀬行きも行こうか迷っていました。

でも結果として行って本当ーに!良かった。

圧倒的な自然の力を目の当たりにすると、
心の中にある「なぜ」「どうして」という
答えのない叫びが、少しづつ消えてゆくのが分かります。

「世の中なんて分からない事だらけだ」

という事実を、妙に納得させてくれる強さが、
自然にはあるんだよね。

きっとこの世に別れを告げた魂は、
こんな風に雄大な湿原に延々続く道を、
時々咲き乱れる花々を楽しみながら
歩いていくのじゃないかなーと思うと、
とても穏やかな気分になります。


2日目は10時間近い行程で、
さすがに帰りのバスでは疲れを感じたけど、
心地よい疲れなので、まったく後には引かなかった。


週が明けて日々の生活に戻ると、
また心の中にギスギスしたものが溜まってゆくけれど、
「リフレッシュ」という言葉にふさわしい週末でした。

こりゃまた行きたいぜ!